2011年06月21日

土方歳三辞世の句に新説が!


でましたね。

詳しい内容はこちら

土方歳三辞世に新説


むむむ。。

島田魁がもっていた和歌集ですか。


「鉾(ほこ)とりて月見るごとにおもふ哉(かな)あすはかばねの上に照(てる)かと」

土方歳三の名前で書かれているんですね(リンクページに画像あります)

気になりますねー。

ぶっちゃけ辞世かどうかなんてどうでもいいんですけど。

辞世ってのは結局最後に読んだ句ですからね。
辞世詠んだけど死ななかったら辞世じゃないし(生きていて元気なうちに辞世を作っておく、ということはありますが)。

重要なのはこれが土方さんが詠んだものなのかどうか、ということ。
土方さんが自身の死を思い詠んだものであるのならば、これは大発見ですね。

この記事では、総攻撃の前の晩の宴で詠んだのでは、と言ってるけど、そうかなーーー。。。

詠むかなぁ土方さんが惜別の宴なんぞで。。。

土方さん達にとっちゃあ、毎日が命の瀬戸際なわけで、
これを死ぬ前日以外に詠んだとしても不思議じゃないんじゃないかな。

それを例えば島田魁が書き留めておいたのかもしれない。
もういつ死を迎えるかわからない彼だから、いつこういう句を詠んでもおかしくはないですよね。

だから辞世じゃなくて結構。
ああ、どこかにこれが土方の句だって証拠になるような史料が出てこないかしら



ちなみにちなみに。

土方の辞世の句といわれてるのはいくつかありまして。

有名なのは

「よしや身は 蝦夷が島根に朽ちるとも 魂は東の 君やまもらむ」

ですね。
これはちゃんとした史料になって残ってるもの。(よしや、ではなく「たとひ」で残っているものもありますが、史料的に「よしや」の方が古いのでそちらを使いました)

あと、エピソードのひとつとしてある話が(出所がわかりませんすみません)

「たたかれて 音の響きし なずなかな」

です。最後の戦いで絶命した土方さんの腰布に書かれていた句だとか、服の中に短冊を持っていたとか、まぁちょっとあいまいなんですが、やけに土方さんらしい句ですね(出来が)

もう一つ、これは安富才介が土方さんの戦士を知らせる手紙の最後に書いたもの。

「早き瀬に 力足らぬか 下り鮎」
 
です。これに関しては、土方さんが詠んだものを安富さんが書いた、という説と
亡くなった土方さんを忍んで安富さが書いた、という説の二つの見方があります。
まぁ、おそらく後者じゃないんかと思うんですけどね個人的には。


さてさて、本当に土方さんが詠んだ句ははたしてどれなのか。。。
全てが土方さんの筆跡で書かれたものではないため、今となっては判断は出来ませんけれども。

いやぁ、これだけ時がたっても新発見はあるのですね。すてきです。



ところで、なぜに26年も前に寄贈されたにも関わらず今なのかしら。

まぁ、よくあることなんですけれども。
歴史に携わる人たちは、あまり公表したがらないんですよね。。。
みんなに知られるよりも自分だけが知っているほうがいいのかしら。。わからん。

その人が亡くなってから世に出たり、ってことがありますから。

あとは時代的な背景で、やっぱり賊軍ですからね。
昔は、公表出来なかったから、家族がひっそりと隠し持っていた、なんてこともあるでしょう。
そしてひっそりしまわれて、最近になって蔵とかから出てきたこれは何??なんてことも。

今も、貴重な品や史料が沢山たくさん、公表されることなく埋もれてるんでしょうねー。
ああ、少しでもたくさん見られますように。
少しでも沢山の事実、仮説に出会えますように。

posted by くろみつ at 20:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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